2018年08月14日

日本は平和より大切なモノを守るために戦争を選んだ

「人の命は地球より重い」と言ったのはおやじさんの方の福田前首相です。地球を比喩的に使って人の命が何よりも重要だと言っているのですが政治家として恥ずべき認識です。人の命を守る=平和を守るが絶対的に高位にあるのなら国益の利害を巡る国際紛争に際して常に相手国のいうことを受け入れれば良いだけのこと。平和は守られます。しかし行き着く先は属国化です。先の大戦の前の被植民地支配下の国々であり現在のチベットやウイグルの現状です。どんな状態か我々は自分の目で確かめることができます。

どんなに迫害され食べ物に不自由を強いられてもそれが良いという奇特な方
もいらっしゃいます。現憲法を守れと主張している方々のように。しかし多く
の人はそういう状態に耐えられません。人と生まれた以上誰にも支配されない
自由な人生を謳歌したい。そのためには命を賭して戦う方を選びます。

戦後70余年を経て先の大戦は何だったのか、もはや隠しようもなく明らかで
す。その時代の覇権国にとって一番目障りな国。彼らの作った世界秩序を壊す可能性のある世界で唯一の国。それが日本だったからです。ルーズベルト一人の策略ではありません。彼らが数十年かけて計画し直接の実行者がルーズベルトであっただけです。

 今でも日本は無謀な戦争をしたという人が多いです。戦争は国際紛争を解決するための最終的な手段です。多くの戦争は敵味方の主張のゼロから100パーセントの実現の間で決着します。決して0か100ではありません。中杉先生のご指摘のとおり(https://ameblo.jp/nakasugi-hiroshi)4年を戦った終戦時において日本の陸軍はほとんど無傷の状態で保持していたのです。アメリカが国際法の反則を侵さないかぎり日本は未だ十分に戦える戦力を保持していたのです。トルーマンは戦争を終わらせるために更にどれだけの犠牲を払わなければならないか想像がつかないと嘆いた記録があります。ですからアメリカは普通にやっていては勝てない状況に追い込まれてルール違反を侵したともいえます。

つまり時間との勝負です。アメリカは一応民主主義の国です。泥沼のような戦争に引きずりこまれたときどちらの国が先に根をあげるでしょう。日本ではありません。アメリカでしょう。アメリカの国民が泥沼化した戦争を許しません。それはその後のベトナム戦争の経過を見れば明らかです。ですから日本は4年余を戦ったあの時点でも自国の主張を例えば半分通して終結できる可能性は十分にあったのです。

日本は無謀な戦争などしていません。奴隷国になることを拒否するという強い意志で戦争をしたにすぎません。戦争責任という罪があるならそれを負うのは日本ではありません。反則違反を侵した連合国にこそその責を負わせるべきです。日本は立派に戦いました。それは今を生きる日本人の誇りになっても罪を着せる対象にはなりません。
posted by woodhome at 09:56| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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