2017年04月20日

歴史の本質

歴史学者は史実に詳しいけれどその史実が今を生きる個人にどういう意味があるのかその本質を語りません。歴史の一番大切なところを素通りしています。学校でも歴史を知ることの意味を教えません。史実を知ること、記憶することと同義になっています。だから面白くありません。教材にウソが混入していればお手上げです。インテリといわれる人ほど「日本は無謀な戦争をした」などという戦勝国が仕組んだ歴史観を信じ込んでいます。いい年になっても刷り込まれた歴史観から抜け出せません。あの時代の日本人だけ突然凶暴になって他国を侵略した、などというのはあり得ないのです。
 
 歴史を学ぶ意味は「どうしてお前はここにいるのだ?」の疑問を解決するためにあると私は思っています。私は父母の子であり父母はまたその父母から生まれ・・・とどこまでも遡れる連鎖の末尾に自分がいます。これは絶対的な事実です。そのため私が好むと好まざるに関わりなく私は祖先からその全部の資質を受け継いでいます。ですからどうして自分がここにいるのかを知るには歴史を知ればわかると思っています。自分は先人の投影ですが同時に先人は自分の投影でもあります。残酷なことを極度に嫌う自分の投影である先人が南京大虐殺などする筈のないことが仮に証拠がなくともわかります。
 
 さて私は中杉さんのブログの愛読者ですが本日の記事は歴史の本質について語っています。読んで目を開かされる思いをしました。是非みなさまにもお読みいただきたい気持ちになりましたのでご紹介したいと思います。
 http://ameblo.jp/nakasugi-hiroshi/entry-12266716363.html#cbox
 

posted by woodhome at 15:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/449178864

この記事へのトラックバック