2015年09月02日

五輪エンブレム撤回会見 ここをなぜ聞かない?

昨日、佐野氏がデザインした五輪エンブレムを取り下げる旨の記者会見がありました。
その模様をネット動画が見ましたが何とも消化不良です。
もちろん組織委員会の説明は納得いきませんがそれ以上にマスコミの記者側の質問に歯がゆい思いをしました。

一度決めたエンブレムを取り下げるのですからすでに組織委員会側が失敗は明らかです。ですから組織委員会側としては記者会見を自らの責任を最小化する場にしようと目論むのはある意味予想されることでした。そして実際にそうなりました。何しろ保身の塊みたいな方々ですから仕方ありません。ひょっとしたら事実関係を包み隠さず明らかにすることもあるかなと期待しましたが甘すぎました。
組織委員会の説明は矛盾に満ちたものです。何しろ盗作はなかったことを一方で言い張り、一方で選んだエンブレムを取り下げるのです。相反する二つを無理やりにつなぐようなものです。説明しているご本人自身が何を言っているのか途中で分からなくなっているようでもあります。

記者団は会見に臨席できない国民に代わってその矛盾を突く役割を担っています。この問題の真相を明らかにするべく的を射る質問をするのが仕事の筈です。ところがその仕事をした記者はとても少なかったと思います。傾向として大手一般紙や放送の記者よりスポーツ紙、夕刊紙の記者の質問の方に良い質問が多かった気がします。おそらくその差は自ら情報を取ろう取ろうとする意欲の差から来るものものでしょう。朝日新聞系の記者の質問が多かったのですが核心からずれたことばかり聞いていたように思います。

私が聞いてほしかった質問は以下のようなことについてです。
1. 選定されるべきエンブレムにはデザイナーの感覚が優先されるのかそれとも一般人の感覚が優先されるのか?
(この答えは決まっています。どんなデザインでも最終的には一般の
人の美意識に受け入れられるものでなければならないからです)
2. 一般人の感覚が優先されるのなら専門家に理解できるが一般人に理解できないエンブレムはそもそもあり得ないのでないのか?
3. 似ているか似ていないかは作る過程(コンセプト)を含めて判断するのかそれとも最後の形で判断するのか?
(この答えも決まっています。最後の形で判断する以外ありません。ならばデザイナーや組織委員会が繰り返し言及するコンセプトの違いとは全く意味のないこと言っていることになります)
4. オリンピックという祭典に専門家はともか多くの一般人に喪章を連想させる太い黒の直線を強調するエンブレムは適当か?
(この答えは決まっています。喪章を連想するのは一般人の多数派だからです)
5. 商標登録することはオリジナリティのあることの証明になるのか?
(この答えも決まっています。ならば盗用でない証明にならない商品登録の経緯をいくら説明しても意味がありません)
posted by woodhome at 16:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください

この記事へのトラックバック