2017年03月24日

森友問題、安倍首相いい子ぶって墓穴を掘る

 昨日森友学園の籠池氏の国会証人喚問が開かれました。昨日からメディアはこのニュースでもちっきりです。籠池氏の証言で注目を浴びている100万円の寄付があったかどうかなどどうでもいいような問題ではないのですがこれが大問題になっているのは安倍首相自らタネをまいたからです。

 さる2月17日の予算委員会で安倍首相は国有地の払い下げに「自分も妻も関与していない。もし関与していたら総理大臣はおろか国会議員もやめる」と誠に思慮に欠いた発言をしました。ただ関与していない、と否定すれば良いだけなのに言う必要のない重大な言葉を口にしました。一度ならず二度も。これでこの問題は単なる国有地売買疑惑から内閣を揺るがす政治問題に一挙に格上げされました。何しろウソなら首相を辞めると言うのですか。首相は国有地の売買に対する関与と限定を付けているのですが攻める野党はそのような限定を無視しています。つまり森友学園に対する関与があれば辞めるに問題を挿げ替えています。メディアもそのような流れをつくっています。おまけに官邸も追随しています。100万円の寄付はなかったと早速菅官房長官が発表するなど森友との関係がなければシロのような対応です。

昭恵夫人は籠池氏の証人喚問の直ぐあとフェイスブックで100万円の寄付はしていないと反論しているそうです。
引用すると
「私は、籠池さんに100万円の寄付金をお渡ししたことも、講演料を頂いたこともありません。この点について、籠池夫人と今年2月から何度もメールのやりとりをさせていただきましたが、寄付金があったですとか、講演料を受け取ったというご指摘はありませんでした。私からも、その旨の記憶がないことをはっきりとお伝えしております。」
ここで私がひっかかるのは「記憶にない」という言い回しです。寄付金については最初に話が出た先週にも昭恵夫人は否定しているのですが、同じように記憶がない、という言い方をしています。 

日本語はとても微妙です。寄付したことがないのならどうして「寄付していない」と言わないのでしょう。私は安倍夫人に悪意を持つ人間ではありませんが、これでは寄付があった可能性が高いと感じます。記憶にないは覚えていないと同語です。半年前に大切なお金を寄付したかどうか覚えていないということはありえるでしょうか?ボケでいないかぎり。しかしそれは本来どちらでもよい問題です。仮に寄付したのが事実であっても安倍夫人という首相とは独立した人物が自分の金をどう使おうと最終的には個人の自由ということになるでしょう。寄付金が問題になっているのは自ら問題にしているからです。

そもそも安倍夫人が森園学園に関与していました。夫人を通して広い意味で安倍首相が関与していたのも事実でしょう。これは事実ですから否定できませんし否定する必要もありません。それなのに否定するという無理筋を通そうとしています。そしてどうでもよいことを大問題にしてしまいました。

我々は政治家が人格者であることを望みません。多くの人はわかっているのです。清廉潔白が取り柄の政治家など何の役にも立たないことを。政治の本質は利益の分捕り合戦なのですからそれも当然です。 国民の利益のために優先度の低い犠牲を決断できない政治家など必要ありません。ところがほとんどの政治家は人から尊敬されたい、いい人と見られたいという誘惑に勝てません。つまりいい子ぶりです。安倍さんも例外ではないようです。籠池氏が問題のある人物であるということがわかると自分はそのような人と関わるような人物ではないと言い出しました。いい子になりたい誘惑を押さえられないのです。だから反安倍勢力がかけたこんな罠にはまるのです。
posted by woodhome at 13:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

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