2017年01月20日

欧米は昔から文化的先進国ではない

私のよく読む「中杉弘の徒然日記」http://ameblo.jp/nakasugi-hiroshiの本日の記事でイギリスの旅行家イザベラ・バードの話が載っています。イザベラ・バードが朝鮮を旅行したとき彼女か旅行したした国のうちで最も不潔な国だと記したことは前から知っていました。ところがその不潔だと言っているイザベラ・バードの母国である約200年前のイギリスでもトイレはおまるを使い汚物を窓から道路に捨てていた、というのです。これは初耳です。

本当か?と思いネットで調べてみましたが間違いないようです。写真や当時描かれた絵などの記録が残っています。ロンドンやパリの通りは人と家畜の汚物が散乱して相当不潔だったようです。

へえーと思ってしまいました。今を生きている我々には欧米は先進国というイメージが頭にこびりついています。おそらく多くの人は産業革命以降発展した欧米は文化的経済的政治的軍事的に、つまり全ての面で先進国であり明治以降日本は驚異的な努力によってやっと追いついたというようなイメージをお持ちだと思います。最近は江戸時代を再評価される情報が発信されていますが明治維新前の日本は文明的に世界で遅れた国であったという固定観念を覆すところまでいっていないと思います。

ところがです。その頃日本はどうであったか?町の清潔さという点で圧倒的に進んでいました。排便する空間としてカワラと呼ばれる個室が住居に設けられ、人前で用を足すようなことはありません。汚物は汲み取られ肥料として再利用されました。汚物→農作物→消費→汚物の経済循環が機能するシステムです。このシステムは当時の世界の中で最先端の環境技術といえます。カワラが掘っ立て小屋のようなものであっても個室で用を足していたことに変わりなくそういう意味ではこのシステムは日本の有史以来のものであるといえるかも知れません。なぜなら日本の古い書物に汚物を道に捨てるとか町が汚物まみれになっている、といった記述は一切お目にかからないからです。

こうした日本の古来よりの伝統の延長線上に今日我々が利用している水洗トイレがあります。日本発祥の温水トイレは快適すぎます。昔のポットん便所に戻りたいという人はほとんどいないでしょう。しかし汚物処理の環境技術という側面から見れば昔の日本のシステムのほうが現在より優れているでしょう。現在の下水システムで下水汚泥の再利用率(埋め立て用途を含む)は約70%らしいです。おそらく外国に比べて高い水準にあると思います。それでも昔の100%に遠く及びません。それほど完成度の高い技術を日本という国は古来より持っていたのです。あらためて先人の偉大さを感じます。

一事が万事ということがあります。少なくとも200年前までロンドンやパリでは自らが日々排出する汚物に悩まされる社会だったのです。汚物が散乱し一日中悪臭が漂っていては他に何があっても文化的な生活は送れません。おいしく食事を味わえない、きれいな空気も吸えない。そういう生活のどこが文化的なのでしょう?それでは金があってもどんなに建物が立派でも意味ありません。欧米=先進国は我々が勝手に思い込んだ刷り込みに違いありません。
posted by woodhome at 12:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする